ヤマトの「芝居」について
10月31日新宿ピカデリーにて行われた『ヤマトよ永遠に REBEL3199』オールナイト上映に参加してきました。
今回あらためて3199を1〜4章通しで観てちょっと感じたことを書きます。
オリジナルの永遠にや完結編は、細やかな人の目や手の動きと表情がすごいんです。なんというか、まさに「芝居」という言葉がしっくりくる、所作に情感のこもった歌舞伎チックな動きなんですよね。
対して3199の動きは身振り手振りがもっと大きく、なんか昔のアニメで欧米人を描く時の動きというか。(自分はシェイクスピア劇に何となくそういうイメージを持ってるんですが、実際どうでしょう?舞台演劇に詳しい方お願いします。)
これ最初はデザリアム人が人間を演じてる感を出すための演出かと思ってたんです。ランベルとかスカルダートとか…。
でもよく見るとサーシャとかタランの動きもそんな感じなんで、これはもう感覚の差なのかなあと。
昔のヤマトが浪花節とかクサい芝居とか言われがちだったのって、そういう歌舞伎的(おそらく日本の大衆演劇・映画に色濃く継承されている)情感芝居の要素も大きかったんじゃないかと思うんです。そして当時の若いアニメファンには、それは古臭く感じられたんじゃないかと。
そう言えば若き日の先代西﨑Pには、役者志望だった時期があるそうです。
金田アクションとか板野サーカスとか、特徴ある「動」の演出は伝説になってるけど、静の動きってあまり話題にならないように思います。
でも人物の感情表現って、実はドラマに直結する重大な要素じゃないかと。
しかも多少の奇抜さがあっても味になる動の描写に比べ、静の動きはちょっとでも違和感や不自然さを感じさせた途端に人の心が離れます。
オリジナルの芝居、もっと再評価されてもいいんじゃないかなあ。