YAMATO criticism

宇宙戦艦ヤマトについて、または宇宙戦艦ヤマトを通して考える。

面影を探してしまう、ということ

「ごめんね。よくユキと間違えて。いつも君の後姿をユキと思って見てるもんだから。――でも、やっぱり君は君だ」

 オリジナルシリーズ『ヤマトよ永遠に』のワンシーン。古代進がサーシャについ本音を打ち明ける場面です。

 悪意のかけらもなく、サーシャはサーシャだと誠実に向き合おうとする100%の優しさから出た言葉なのに彼女を傷つけてしまう、古代進という男のどうしようもない不器用さ。敵の大将にケンカ売る時にはもっと弁が立つのにねえ。

 でもねえ。”いつも君の後姿をユキと思って見てる”っていう古代の気持ちを、私自身があらためて実感したことがありました。

 『宇宙戦艦ヤマト2199』に始まるリメイクシリーズを見始めた時です。

 基本的にヤマトファンで、ヤマトならすべて受け入れられる自信がありました。特に私の場合「”さらば”より後は駄作」というファンと長年の確執がありましたので、自分はああはならない、なるわけがないという自負がありました。

 が、しかし。

 発進式から毎回劇場に足を運び、ヤマトークも全出席し、全力で応援しながらも「古代進」に対する違和感がどうしても拭えませんでした。彼の内面が、彼の心がどうしても見えてこなかったのです。

 私はアニメファンというよりヤマトファンで、ヤマト以外でハマれるのは銀河英雄伝説がやっと。いわゆるジャンルを変えるということがまずできません。

 ヤマトから離れるという選択肢は自分にはない。作品も成功して欲しい。応援したい。だけど自分の会いたかった人がもういない寂しさはどうしようもない。

 この言葉言った時何を考えてた?この風景を前にしてどんな気持ちだった?なぜ雪さんを好きになったの?島さんとぶん殴りあった後笑い合う気持ちは?

 彼のこころを理解したいと数十年思い続けて自分の中に別の人格がいるような気持ちにさえなったキャラクターと、出会ったばかりのキャラクターが同じになるわけないんです。

 オリジナルが好きならリメイクを見る必要はない。オリジナルだけを見ていればいい。全くその通りです。正しいと思います。

 でも、つい面影を求めてしまう。古代進という名にすがってしまう。それはきっと心の弱さなのかもしれない。

 

「ごめんね。よくユキと間違えて。いつも君の後姿をユキと思って見てるもんだから。――でも、やっぱり君は君だ」

 そんな弱音を吐いた彼の気持ちが、今になってやっと理解できたような気がします。